私たちは日々、自分自身の内側と向き合い、さまざまな感情や欲求、そして制限のプログラムを手放しています。そのプロセスのなかで、ふと「私たちが制限を抜け出し、完全な自由へと至る道のり」について、とてもクリアな気づきがありました。

今日は、私たちがどのようにして「究極の自由」へと向かっていくのか、その思考と解放のプロセスを順番に紐解いてシェアしたいと思います。レスター博士が常に私たちに伝えたかった「真理の核心」に触れる内容です。今回は、私たちの多くが抱えがちな「お金が欲しいという欲望・欠乏」を例に挙げながら見ていきましょう。

1. 「できない」という思いの正体は「抵抗」である

私たちが何かに直面したとき、無意識に「私にはできない(I can't)」と感じることがあります。しかし、この思いこそが、私たちが長年かけて自分自身に課してきた最大の制限であり、本来持っている無限の力に対する「抵抗」です。

たとえば、「お金が欲しい、でも私には十分なお金を稼ぐことができない」という欠乏感や思い込み。これもエゴによる強力な「抵抗」です。レスター博士が言うように、エゴは「稼げない」「お金がない」と信じ込むことで、制限された小さな自分の状態を維持しようとします。

安全領域に留まるための、エゴの巧妙な罠なのです。「私にはできない」「豊かになれない」という思いが湧き上がってきたら、まずはそれが真実ではなく、単なる「制限のプログラム(ゴミ)」であることに気づくことが第一歩です。

2. 抵抗をひっくり返し、「できる」に変える

制限のプログラムに気づいたら、次はその「できない」という思いを手放し、逆転させます。

私たちの心(マインド)は、ただ創造するだけの機械です。「できない」と思えば、忠実に「できない現実」を創り出します。お金の例で言えば、「私にはお金を稼げない」という制限のプログラムを手放し、「私には十分な豊かさを創り出すことができる」「私はすでにそれを持っている」と絶対的な確信を持つことです。制限を手放し、「できる」と確信すれば、その通りの豊かな現実が創り出されます。

ですから、まずは「できない」という思いを解放し、「できる」という状態へとひっくり返すこと。これが、私たちが本来の無限性を取り戻し、自由へ向かうための大切なステップとなります。

3. 「できる」が当たり前になると、純粋な「選択」になる

そして、ここからが非常に重要なシフトです。解放が進み、「何でもできる」「豊かさはすでに私のものだ」という絶対的な確信が当たり前になったとき、何が起こるでしょうか?

そこにはもはや、「何がなんでも達成しなければならない」「お金がないと生きていけない」というエゴの渇望や、必死な努力、執着は存在しなくなります。

レスター博士は「自由」について、このように定義しています。

「自由とは、どんなことであれ、それを行う自由、あるいは行わない自由のことです」 (Freedom is choice to do or not to do on anything you want)

もしあなたが、「稼がなければならない」あるいは「(スピリチュアルな道を歩むために)お金を求めてはいけない」と感じているなら、それはまだ過去のプログラムや習慣に強制されている状態です。

しかし、「私にはいつでも必要なお金を創り出すことができる」と本当に知っているとき、あなたはお金を得るための行為に対して完全に自由になります。稼ぐこともできるし、あえて稼がないこともできる。恐怖や欠乏感から行動するのではなく、それは純粋な「選択」へと変わるのです。

4. 静穏で自由な状態(ただの証人として)

完全に自由な状態、究極の自由に至ると、あなたは「する」こともできれば、「しない」ことを選ぶこともできます。お金を得るために必死に動く必要も、逆にお金を避ける必要もなくなります。

ただ静かで穏やかな心(Peace)のまま、その瞬間に直感的に最適な行動(それがビジネスのアイデアを実行することであれ、ただ静かに過ごすことであれ)を選択するだけです。豊かさは自然な流れとしてそこにあり、そして、この世界という映画を、ただの証人・観察する人としてリラックスして楽しむことができるようになります。

「静穏で自由な状態は、全てがこの状態になること」——まさにその通りです。

何かを得るための「できる」を超えて、やる・やらないを完全に自由に選べる静かな境地。この「究極の自由」がどのような状態なのかを、知的な理解を超えて内側の感覚で捉えられたとき、私たちは大きく前進しています。

日々の生活のなかで、ふと訪れるその静けさと自由な感覚を、どうぞ大切にしてください。私たちは確実に、一番高い状態へと向かっています。