年を重ねる恐怖を解放しましょう。年月を重ねることにより、経験を学べるという積極的な考えがありますが、存在する恐れの上にポジティブを重ねても、効果は少ないですからね。

年を取っていく現実は否応なしに、私たちに突き付けられます。肌の張りを失い、しわが増え、鏡を見るたびに加齢の現実を認識しなくてはなりません。

実のところ、若くても加齢の恐怖は存在します。多くの子供がこの恐れを抱いています。まだ、「成長」している時期であっても、大人に対して年齢をからかってくる子供がいるでしょう。若さがもてはやされる社会では、若さは利点です。しかし、残念ながらだんだんと失われ、取り戻すことができません。それを知っているのです。大人を年齢でからかうのは、恐れの裏返しです。

女学生はよく「二十歳過ぎたらおばさん」と言います。おばさんを年を取った女性という意味合いの蔑称として使います。それは、わずかに年齢が増えることに対しても抵抗していることです。男性の場合は、おやじという言葉でばかにします。

私たちは、何をやっているのでしょうか。年齢という数字、肉体の衰えに対して名前を付け、抵抗しているのです。

他の感情と感覚と同様に、加齢の恐怖や抵抗は生存欲求から来ています。特別なものではありません。ですから、開放の手順により手放せますし、逆に持ち続ければ抵抗や欲求を持ているときと同様な現象が人生に起きてきます。

あるプロジェクトに抵抗感を持っているときに、起きることはご存じですか。プロジェクトが遅延したり、問題が起きたり(実際は起こしているわけです)、気が散ったりして非効率になります。要は、うまくいかなくなります。

加齢に抵抗するということは、特に時間に抵抗することです。時間をコントロールしようとする試みです。つまり、時間がコントロールできないと自分に証明し続けているのと同じです。「時間はコントロールできない」と自分自身につぶやき続けているのです。

悪いことに特定のプロジェクト一つに影響はとどまりません。加齢は人生ぜんたいのテーマです。人生すべてのことに抵抗し、人生すべてで「時間はコントロールできない」と証明しようとしているのです。

どんな影響が起こるのでしょう。人生のさまざまな領域で進みが悪くなります。想定より時間がかかる、遅れるようになります。なぜなら、予定や計画で我々は時間通りに、もしくはより早く進むように欲求するからです。

そのくせ、肉体に関しては「この年齢ではこのくらい年を取る」というイメージを持っており、それよりも遅く時間が進むことを願っているため、イメージ通りか大抵の場合はイメージより早く肉体を老いさせるのです。

解決法は、これまでの説明でもう気づかれたかと思います。

自分の持っている加齢への恐れを見つけ出し、開放します。これが一番の肝になります。

続いて時間の流れに対する抵抗や欲求を開放します。主にコントロール欲求になるでしょう。

加齢ごとに自分の肉体に起きるであろうイメージも開放しましょう。マスメディアやネットは必要以上に「年相応」という常識を押し付けてきます。外の世界に決めさせるのは止めましょう。自分の体がどの程度年を取るのかは自分自身で決めるのです。

時計の針を逆回転できるかはわかりません。逆回転させたいと思うなら、リリースがまだ足りていないのです。時間をコントロールしたい欲求が残っています。しかし、時間への抵抗や恐怖がなくなるにつれ、物事の進み方がスムーズになります。体の感じ方にも良い変化が訪れます。

究極的な死への恐怖を完全に開放するのはこのテーマだけでは無理でしょうが、実現するためには大きな助けになるでしょう。

追記:皮肉なことに、多くの方にとって「直面したくない」テーマなため、この記事は閲覧数があまり高くないでしょう。本当に制限があるもの、自分を大きく制限しているものは無視するか、気が付かないものです。