リリーステクニックの小冊子から、言いわけについての記事を翻訳して紹介します。

年内最後の翻訳記事となります。しばらく、最近のような長文を訳して紹介する予定はありません。手持ちのPDF小冊子も目を通し終え、中級レベルの方々に役に立ちそうなものはほぼ訳し終えました。

今回はリリーステクニックでサービスしている、プログラムコースの紹介と宣伝が僅かに含まれていますが、言いわけをテーマに解説されていますので、日本人のリリース実践者にもお役に立つと思います。


若者が一度は言うことです。「人生というゲームでは、常にいくつか言いわけを用意しておくべきだ。」彼はユーモアを話そうと試みたのでしょうが、ポイントを突いてもいます。

我々の殆どが、言いわけは良いアイデアだとというアイデアを持っています。私たちは自分自身を言いわけで守るべきだというアイデア、あらかじめ良い言いわけを常に用意しておくべきだというアイデアを持っています。

私たちはやりたくないことを遠ざける目的で言いわけを使います。単にそれをやりたくないと話す代わりに、言いわけするのです。あのパーティには行きたくないので言いわけし、逃げるのです。私たちはリリースしたくないため言いわけし、逃げるのです。

大量の言いわけを使い、人生から逃避します。

私たちの振る舞いを正当化するために、言いわけを使います。私たちは誰かに叫んでいるのです。言いわけをし、私たちが行ったこと、話したことが良かったのだと感じるのです。私たちは自制心を失います。「彼女がやらせた。」「彼女が私に言ったこと聞いた?」言いわけと、言いわけできない振る舞いを行います。そして私たちの思考は言いわけがましくなります。

私たちほとんどは、私たちのやりたいことを行うのを言いわけが許してくれると考えています。「できるんだ、それで私がやったり話したりしたことについて、ちょっと言いわけすれば、すべて問題なしさ。」

多くの言いわけがアパシーからやってきます。「気分が良くない。」「疲れすぎた。」「この人生は私へ試練を与えることが多いんだ。」「何を試してもうまく行かないよ。」「彼らは私の言うことを聞く気がないのに、なんで言わなくてはならないんだ?」アパシーは動かないこと、とどまる言いわけをします。

「できない。お金がない。」アパシーから来ているこの言いわけは、人々が週末のクラスや7日間のリトリートを始めるのに使う一番の理由です。一事が万事です。ですから、この言いわけをする人々は、人生全般にこの言いわけを使っており、それが見て取れるでしょう。「お金がない、時間がない、エネルギーがない、モチベーションがない。」このすべての言いわけは、その人をアパシーに留めます。言いわけは弱さを演じることです。

「する気はある、誰かの助けが必要なだけ。」この言いわけは悲しみから来ています。誰かが助けてくれない、必要なことを与えてくれない、面倒見てくれないと言う言いわけは、すべて悲しみからやってきます。真逆の言いわけも悲しみから来ます。「違った生活を送りたいが、父親が怒鳴りつけるんだ。」「同僚が会社をめちゃくちゃにした。」「私は彼を頼りにしたんだけど、かれはがっかりさせた。」この手の言いわけは悲しみからです。

言いわけは助けのない犠牲者を演じることです。言いわけは責任を回避することです。「彼らが私にやったんだ」は、悲しみがあなたについている嘘です。

恐れからの言いわけは、人生の破壊者です。「それはやりたくない。傷つきたくないんだ。」「私は思い切ってリスクを取れない。傷つきたくない。」「挑戦したい気持ちはあるが、効果がないのが怖い。」「何も失えないんだ。」

恐れからの言いわけは、男性でも女性でもそこから動けなくしてしまいます。恐れからの言いわけは、その人が所有する、行う、なることを妨害します。恐れからの言いわけは成功ではなく失敗を選ばせます。「それをできない。何か言われるだろう。」「多分怒られるから。」「傷つけられる。」「持っているものすべてを持っていかれる。」「彼らは私のお金を盗むだろう。」こうした言いわけのすべては、恐れから自分自身を守るためです。

「私はクラスへいけません。私のエゴがなにか起きるだろうことを恐れています。彼らは私が誰なのかを見つけて、私を殺すでしょう。」

「私は怠けるべきなんです。だって私が可能な限りの成功をすれば、彼らは私を見つけて殺すでしょう。」

これがエゴが私たちに話す、よくある言い訳、よくある嘘です。もし行動すれば、恐れで殺されるというのです。私のこのエゴがなければ、私はどうなるのでしょう?誰になるんでしょう?失う恐怖こそ、私たちを殺すものです。

恐れは特に停滞する場所です。恐れは私たちのプログラムの裏にあります。プログラムコースは私たちのプログラムを見つけ出し、根絶します。プログラムを突き止めリリースすることは、私たちを進ませ、進歩させ、ポテンシャルを引き出します。

渇望、欲求も所有しない言いわけを作り出します。何かを所有すべきときに、私たちは何を行いますか?やすらぎながら、自分自身にそれを所有する許可だけを与えるのです。欲求を単に手放すことにより、欲求から所有へ変えられます。渇望の裏に他のAGFLAPの感情を見つけられますか?「それが欲しいが、所有するのに必要なものがない。」「それが欲しいが、誰も私を好んでいない。」「それが欲しいけれど、その後に続いて起きることが怖い。」

わかりますか?所有しないことに対する言いわけを手放せば、手にしたいものは何でも所有できます。私たちのエゴ/心は欲求とフラストレーションの中に私たちを停滞させるのが好きなのです。欲求を抱くことは、欠乏を抱くことです。欠乏で私たちを守っているのです。欠乏を手放し、あなたのハートが求めるのものを何でも自分自身に所有させてください。

エゴ/心は言いわけに飛びつき、心を乱すのです。「私が本当にほしいものを手に入れたら、テレビの前の安楽椅子を諦めなきゃならない。」「分離していることを愛しているのに諦める必要がある。新しい人達と出会わなくちゃならない。」これらはアパシーから来ています。「過去にいつも、他の人によって私は傷つけられてきた。」悲しみから自分自身を守っています。「本当にほしいものを手にしたら、人生全部が変わるが、その後いったいどうなるんだ?」恐れから自分自身を守っています。

ですから、私たちはしっかりと欲求、欠乏を抱いているのです。そして、段々と怒りが湧いてきます。以前から抑制してきたのがわかりますか?しかし、ときどき隠れ閉ざされたドアから飛び出し、配偶者や子供を抑圧した怒りや激怒の矢面に立たせるのです。そうだ、けど私たちには言いわけがありました。「彼らが怒らせるんだ。彼らにはそれがふさわしい。」「私だって彼女を叩きたくない。けど、彼女があまりにも多く急かすからだ。」「あの従業員は舌打ちされるにふさわしい。とにかく、彼女が私にしたことを見てくれ。」

言いわけは私たちに怒りや激怒を使っても良いことにさせてしまいます。私たちのエゴがそう話すのです。私たちは悪い行いに言い訳します。私たちは諦めることに言いわけします。私たちは言葉や行動で誰かを傷つけることに言いわけします。けど、良いだろう。だって…私たちのエゴ/心が言っているのです。

あの若い男性が言った、「いくつか言いわけを用意しておいたほうが良い」のようなものです。それが私たちのエゴ/心が信じ込ませたい内容なのです。

プライドは、言いわけじゃない、ありのままだろうといいます。それが実感になっているのです。「私が言ったことは、彼らにふさわしいのが事実だ。」「私がやったことは、彼女にふさわしい。」「実際、そうするしかないだろう。彼らのためだ。」「もちろん、やったさ。なぜなら私はできるからさ。」プライドのカーテンの裏に私たちは立っています。誰かが抑圧しているアパシー、抑圧している悲しみを見つけるんじゃないかとプライドで自分自身を守るのです。プライドで私たち自身を守っているので、誰も本当の私たちを見るることはできません。正体は怯えた子うさぎです。

プライドは他の人を所有物で圧倒するための言いわけです。車、家、銀行口座、教育。「私は彼らより良いので、彼らがちゃんと見ているか確認しよう。」

プライドは物事を停滞させるために怒りを使います。「どうしたらそんな口の聞き方ができるんだ!」

AGFLAPの停滞した、エネルギーの低いところから、すべての言いわけがやってきます。

言いわけとは嘘であることがわかりますか?すべての言いわけは嘘です。言いわけは自分に対してつく嘘であり、他人にも嘘をつきます。

言いわけは自分自身へ説明することです。あなたは自分自身へ説明する必要なんてありません。誰に対しても、いつでも、どんなことでも、あなた自身の説明をする必要はありません。自分自身へ説明する習慣を破り、この習慣を壊す道を進んでください。

言いわけが作る嘘をあなた自身で気づいてください。直ちに止めてください。言いわけはAGFLAPを強くし、エゴを強くし、あなたが自由の方向へ進むのを妨害するためとても有害です。

とても長い間、私たちは言いわけしてきましたが、言いわけしていたことに自分たちでは気づいていません。言いわけを認識し、実際に言いわけをしているその瞬間に気づく必要があります。自分たち自身で気づき、そしてこれ以上言いわけをしないと決意しなくてはいけません。

私たちのほとんどは例の若い男性のように、とても若いときから言いわけし始めます。私たちは他人がそうしているのを見て、それを真似してきたのです。言いわけが役に立つと考え始めます。しかし、皆さんが理解したように、言いわけはAGFLAPの低いエネルギー状態へあなたを押しとどめるだけです。

言いわけに注意してください。私は年を取りすぎた。私は若すぎる。私は身長が高すぎる。私は身長が低すぎる。私は十分な教育を受けていない。私は教育を受けすぎた。私は忙しすぎる。私はストレスがたまりすぎだ。私はとても怒っている。私はこの人生に叩きのめされすぎた。周りの環境に合わせて自動的に適応するために蓄えられている言いわけに、どんなものであっても注意をはらい、見つけ次第すぐに捨ててしまいましょう。

言いわけは嘘で、言いわけは弁解で、そして制限を強化し、言いわけは弱さを演じ、言いわけは例の若い男性が考えているような友達ではなく、間違いなくあなたの友達でもありません。

そして、いつでも認識せずにあなたが使用している言いわけを見つけ始めるために、プログラムコースを受けてください。プログラムコースは言いわけを捨て、AGFLAPからCAPへ上昇するための道具になります。

プログラムコースはどうやったら常に「私はできる」と言えるのかを教えてくれます。私はできる。もしくは、あなたの選択によりますが、私はやらない。説明も、言いわけも、アリバイもなしにです。

こうした言いわけはすべて、あなたを受容の状態から外してしまいます。言いわけは受容と正反対の状態です。「まずいなあ、じゃあ言いわけしなきゃ、嘘をついて逃げなきゃならない。」それより、次のように言えるほうが良くありませんか。「〜しよう」か「〜しない」のどちらかだけ。それでもって「どうして?」や「何で?」と言いわけする必要がないのです。

言いわけしなければ、あなたは平和の中に生きられます。あなた自身を平和にできるのです。もう心配せず、もう神経質になりません。平和です。

言いわけしないで生きる決意をし、平和と調和の人生を過ごしてください。そうすることで、他のすべての人達とともに、他の存在すべてとともに、平和と調和の人生を生きるのです。