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罪と恥

公開日:2009-12-27 07:46:36 修正日:2019-10-16 19:46:21

前回のニューズレター翻訳記事、ラブ、ラブ、ラブ...の最後に、誰か褒めてーと書きました。w

ネタをばらせば、前書きと後書きの部分は、本文の翻訳が完了する前に出来上がっていることが多く、前回もそうでした。

まだ翻訳途中、そのため公開前だったのですが、バッチリのタイミングで石田さんより、お褒め、励ましのメールをいただきました。ありがとうございます。

何せ、人気のある第三の手法などはアクセスを集めるのですが、それ以外の部分を読む人は少ないのです。

どんな形であれ、反応がいただけるのうれしいです。おかげでやる気が出ました。w

さて、今回のニューズレターの話です。罪と恥を扱っています。重いテーマです。

おもしろいですね。欧米人の感覚からすると、罪と罪悪感は、恥の意識と同列のものとして扱われることが多いようです。

我々日本人にとっては、罪は罪で、恥は恥なんですけどね。

西洋的な哲学や心理学では、同一線上のものとして扱われるみたいですから、その流れを組んだカテゴリーなのでしょうね。私の個人的な想像ですが。

ただどちらも、我々の心理的なストップになっているのは間違いがないところです。そして、日本人にとっては恥の意識は生活の多くの部分を支配しています。私のような、ちょっと前の日本人ではですが...w

ニューズレターの80日目でしょうか。しかし、いつになったら送料を払ったフリーのCDとDVDが届くのでしょうか。通常の郵送の場合、アメリカからだと一ヶ月程度で届くんですけれど。CDものの場合、結構税関で引っかかって、なかなか届かない事が多いんです。なにせCDやDVDにポルノを入れてしまえば、チェックが難しいですからね。

しかしながら、インターネットが発達し、いくらでも簡単に入手できるこの時代に、無駄なことを行っています。税関の手間も税金なんですよ。もっと柔軟で、意味のあることにお金を使ってもらいたいと思っています。(無料(送料はとられる)CDが届かない、愚痴でした。)

The Three Major Myths of Guilt (& How to Finally Overcome Guilt)


親愛なるヘイル様、
罪と恥はどうして私たちの足かせとなるのでしょうか?

答え:

しばし私たちの人生を著しく制限し、惨めにしてしまう罪と罰には3つの神話があります。最初の神話は一番大きな嘘で、罪は我々が罰せられることから守ってくれるというものです。実のところ、罪悪感とは無意識に懲罰を「私は受けるべきだ」ということなのです。罪の意識を感じるとき、私たちはこの世界からの懲罰を引き寄せ、自分自身に対しても作り出します。失敗をしでかしたとき、もしくは何か悪いことを行ったとき、自分自身に負わせた罪の深さには関わらず、もう既に十分に罰せらたとは決して感じることはないでしょう。ここに問題があります。

いかにこの自己懲罰は起こるのでしょうか?最初、するべきでないこと、悪いことだと信じている何かを行うか行うことを考えます。興味深いことに、私たちはしばし、考えただけで実際に何も行なわくとも、罪を感じるのです。世間の目から逃れようと、逃れまいと、心は私たちを逃してはくれません。なぜなら、私たちは懲罰は逃れられないと信じており、これ以上の罰は取り消されるだろうという空望みを抱いたまま、自分自身を激しく罰するからです。

時間をとって罪悪感について考えてください。何かを行う、行わない、話す、話さない、もしくはただ考えたり感じたりしたことについてです。注目する点は、あなたが自分自身を罰しており、すぐにでも外部よりの懲罰が与えられることへの不安を抱いているかどうかです。
罪悪感を感じることについて考えているとき,あなたの罪は罰を与えられることから本当にまもってくれるか,注意を傾けてください。ほとんどの感覚が私たちに語りかけるうそのように,あなたの罪は逆の効果を生み出していると通常は気がつくでしょう。罪は自分自身を罰する事態を引き起こすのです。そして,もしあなたの行為がほかの人をも巻き込んでいたら,罪が罰っせられることを防ぐなんて事は十中八九無理でしょう。それでもやはり,罪が外部からの懲罰を防ぐのだとおもえるのなら,刑務所が空き部屋ばかりになっていないのはどうしてでしょう?

永続している二番目のうそは,罪というのはそれにより,なんであれ「悪い」行いを繰り返すことから我々を防いでくれる感情であるということです。しかしながら,あなた,もしくは知っている人は,罪だと感じる何かを2回以上,行ったり,行ったり,考えたりしたことはないでしょうか?当然,あなたは繰り返したことがあるでしょう。私たち全員が繰り返しています。罪は頻繁に,既に行った悪いことだと信じている事と,まったく同じ行為を,自分自身へ課した罰として,再び行うもしくは続ける誘引となります。罪は後で悔やむことになる行為を引き起こす大きな理由の一つです。

このようなことを考えてください。あなたは体重をコントロールするために,ダイエットしているとしましょう。クッキーを一枚,もしくはボール一杯のアイスクリームを取り出し食べてしまい,それに罪悪感を感じます。さて,あなたは何をするでしょうか?あなたは別のクッキーかアイスクリームを一すくい食べることで自分を罰します。今ではあなたは罪人のようにさえ感じます。すぐにでも,自分の無思慮に対する懲罰をエスカレートさせ,クッキーを一袋か500ccのアイスクリームを食べきってしまいます。あなたは多分,一口だけを楽しむなんて事を自分に許さないでしょう。よく聞く話でしょ?この減量を行う人に失敗をもたらす,少しは知られている現象によって,ダイエット業界は成長しました。

あからさまでなければ,無意識で行っていることは確かですが,すべての意思をそれを繰り返すことに傾けるという罪を,様々な方法であがなおうとする人々で,世界は満ち溢れています。

私は何も私たち全員,モラルや規律の取れた行動のガイドラインを無視し,自由奔放に,やりたいことを行うことを始めましょうと提言しているわけではありません。しかしながら,後悔する行為を止めるのを妨害しているのは罪の感覚ですから,私たちは罪から自由になるべきです。私たちが進んで罪と恥を開放するとき,そのメリットは途方もなく深く大きなものです!私たちはすべての時間とエネルギーを自分自身を罰するために費やす必要はありません。罪と恥から自由になることが意味するのは,私たちがより良く,より健康になりために自由になること,より協力的な選択肢を選ぶことなのです。

三つ目の神話は,どんなことであれ,失敗全部について私たちは罪を感じるというものです。なぜなら,子供時代に虐待を受けていると,罪は人生において重要な役割を果たすようになるからです。私たちが若いときに,私たちの両親,保護者,先生,もしくは精神的指導者が虐待を行うと,彼らの行うひどく間違っていることを私たちは受け入れることが難しいのです。私たちが若いとき,特に影響力のある親のような大人は途方もない力を持っていました。つまるところ,彼らは食事,擁護と寝る場所,そして外の世界からの保護を与えてくれたのです。私たちはまだ一人では生きていけませんでしたから,大人の誤りを起こしやすい性分は,直接的に自分の生存を脅かすものであると発見します。私たちは人生で,神々もしくは最低でも唯一神を代表する状態へ向け,大人へと成長し高みを上るものであるはずです。それ故に,虐待が起ると,見つけることの出来る唯一の別の関係者へ,それは自分自身ですが,責めを負わせようとします。私たちはゆがんだ,想像上の自己保護の形態として,これを行うのです。

セドナメソッドのコースで,私はしばしば子供時代の虐待の生存者をワークすることがあります。なぜなら,生存者はしばしば,起こったことで自分自身を責め,多くの罪を感じ,彼らが信頼していた大人が起こした間違いのため,人生全体を通して,自分自身を罰するからです。一度,罪の意識から解放され,大人の虐待者の犯した間違いで自分自身を責めたり罰したりすることを止ると,感情的,精神的に,それと心深くに根ざしたトラウマのパターン,囚われていた恥の感覚から,彼らは自分自身を自由にすることが出来るのです。


こういった感覚を消し去るために、今何を始めるできでしょうか?

答え:

罪と恥を開放する強力な方法は,十分に罰を受けていると判断し,それから自分自身を罰する要求を手放すことです。以下の質問が使用できます。

「自分が十分に罰せられたと思ってもいいかな?」

「自分を罰したい欲求を手放せるかな?」

「この先,再び自分自身を罰するつもりになるのを止められるかな?」

このような質問から「はい」を引き出せるようにベストを尽くしてください。単純に,あなたが十分に罰せられたんだと考えることにより,本当に完全な結果がもたらされるでしょう。頑なな気持ちを緩めるには,どんなものでもいいですから理由なしに,自分自身に承認を与えるのも一手です。これは罪と恥の締め付けを緩め,あなたが自由に生き,自由に愛することを許してくれます。


クリスマスと年末、新年にかけては休み前にいっちょガンバロー的にハッスルするのは日本でもアメリカでも一緒なのでしょう。

これが80日目のものですが、84日目のレターが届いています。ああ、バックログが溜まっていく...

これは、もっと褒めてくれないと、溜まる一方かも...w