レスター博士の6ステップの3番目について、多少解説しておきます。
この6ステップ、ヘイル氏版とラリー氏版では、表現が多少異なっています。ラリー氏版のほうがシンプルですので、ラリー氏版のほうがオリジナルに近いのではないかと思っております。なにせ、レスター博士は、「シンプルなままにしておきなさい。」とよく言っていたようですからね。
6ステップの3番目はSee all your feeling culminating into three wants.です。直訳すると、最終的に全ての感覚を3つの欲求として見なさい、です。もう少しこなれた日本語にするならば、あなたの全ての感覚を、最終的には3つの欲求と見なしなさい、でしょうね。
日本語版セドナ本には、4つの欲求から発生していると認識する、という翻訳になっています。これを読むと、感情の根本の欲求を探し出すという意味合いにとれますが、そうではありません。まあ、私も長い間そう思っていました。しかしこれは、最終的には4つの欲求として認識しなさいが、より原文に近くなります。(翻訳がこうなってしまうのは致し方ない部分もあります。ヘイル氏は感覚や思考の下に潜んでいる欲求を見つけ、手放しなさいと言う表現を以前の章で書いています。それにあわせ翻訳しようとした結果、日本語版の訳になってしまったのでしょう。)
ちなみに、3つの欲求と4つの欲求となっていますが、間違えているわけでありません。レスター博士は4つの欲求にわけ、そのうち承認・コントロール・安全欲求をリリースすれば、残りの分離欲求は自然と手放せると考えていました。ラリー氏はその流れをそのまま取り入れ、ヘイル氏は明確に4つに分けて手放す手法をとっているからです。日本語版セドナ本にも訳されていますね。
ですから、感覚や感情をリリースするとき、それに含まれている欲求を探そうとするのではなく、その感覚と感情自体が、3つの欲求だと見なし、手放すのです。
例えばあなたが怒っていたとしましょう。何故怒っているか、その原因を探るため、過去へ戻り、欲求を探し出す必要はありません。したければ、しても良いのです。でも、必ずしなくてはならないわけでありません。
怒っている事実に目を向け、承認欲求か見てみます。ある怒りは、服を汚され、恥ずかしい思いをしたまましばらく過ごさなければならないことから来ているとみつけたら、それは承認欲求です。欲求として手放します。
自分の売り上げ成績が上がらないことに対して怒っているのかもしれません。それならば、業績を上げたいというコントロールの欲求です。
また、部下が大失敗したことに対して怒っているとします。その失敗により自分も懲罰の対象になるかもしれないと思っているのなら、安全を脅かされている、つまり安全を求めているのです。安全欲求として手放します。
このように、レスター博士の6ステップをそのまま使用するならば、リリースする対象そのものを欲求として見るのです。そして、欲求として手放します。
ヘイル氏の潜んでいる欲求を探す方法でも良いんですよ。これも、レクチャーでレスター博士が話していた覚えがあります。自分のやりやすい方で、どうぞ。